好き嫌いしちゃだめだぞ!ってよく親はいうけど。。。

大食いとかグルメ番組とかが多すぎて飽きたので、食の好き嫌いについて今日は考えたい

セブンのナマどら焼き。結構サイズがでかくて、生クリームとあんこたっぷり。甘すぎず、安っぽくない濃厚クリームが美味!甘いもの結構好きなんです。

 

さて、私は小さいころから嫌いなものが「結び昆布」くらいだった。もともとあいつは出汁!だから「食え!」と強制されることもなかった。そもそも親の方が好き嫌い多いしw

「クレヨンしんちゃん」とかでピーマンを残してみさえに怒られるって定番のシーンは大体どの家庭もそんな感じなのかなあなんて思うところです。結構好き嫌いが多い人はいるね。

特に、甘いもの全般、コーヒーブラック、辛いもの、ピーマン、肉の脂身、ナスなどなどが多いかなあ。

変わった友人の一人は、宇宙人みたいな食べ物は食べられないと言っていた。例えばトマト。中身が宇宙人の血液みたいって、宇宙人見たことあるんかいwww

食事は見た目とか香りとかトータルで評価されるから、どっちかというと口に入れるまでが食事だと思わている。そして何かと栄養やらなんやらっておまけみたいにいって我々を誘う。おまけに惹かれるのは人間のサガですな。で、おまけクオリティは低く、根拠とか置いといてテキトウ。はっきりとこうこうと言って栄養を語れる人って見たことない。

本当に何が正しいのかわからん!!!!!!!

たとえば「朝ごはんを食べると健康にいい」「三食しっかり食べなさい」って言いますがね、人間はもともと三食なんか食べてません。明かりを利用して生活時間が長くなったことや、エジソンがトースターを売るために三食は健康にいいといって流行らせたといわれています。それは健康なんかとかけ離れた商業的なからくりがあるんです。売れれば何でもいいんです。

だから「健康のために野菜を食べないといけない」とかいろんなヘルス的な話は事実無根の嘘かもしれない。まんまと企業の戦略に乗ってるだけかもしれない。俺はもう何も信じられない、こんな島いられるか!俺はここをでるぜ!

ああああああああああ(←何かに殺られる音)

 

ちなみに、遺伝子によって身体に必要な栄養素ってあって、人によって違うらしい。何が身体にいいかって一番は身体に聞くことであるな。これ結論

食べるって行為は口に入れることだけではない

ここでは食べるという行為について考えていこう

そもそも「食べる」という行為は口から食べ物を取り入れ、便や尿で排出する一連のプロセスのことです。この時、胃や腸で栄養分などを取り入れ余分なものを排出します。何事も取り入れるより出すほうが大事といいますが(初めて聞いた)、ぶっちゃけるとこのプロセスでしっかり必要なものを取り入れて出すものを外に出せればいいんですよ。生きるにはそんないろんなものを大量に胃に流し込む必要はないし、大食いとかほんと馬鹿らしい。

民法ではグルメ番組とかばっかりなのから判断すると、大多数の方が食う方が関心があるんだね。そりゃそう、食う行為は脳が喜ぶから、犬だろうが虫だろうが食うのは楽しい、本能的なもんですは。

酒とかは栄養にあんまりならないんだろうけど飲みたくなるのはアルコールの作用。結局は脳が求めてるけど我々が病気になるのは、脳が後先まで考えてくれないからだろうからで、しっかり制御しなきゃいけないところなんですね。

たくさんの好きなものを見つけていくうちに、嫌いなものは克服する

嫌いな人、生理的に無理な人って直感でわかるけど、食べものでもきらいなものって絶対あるんだと思う。それだけ「食」って多様的だし嫌いなものがあるから好きなものもある。けどそれを好き嫌いなく食わせるってどうなんだろうって思うんです。

 

栄養があるから。。。って、どんな栄養を取らせようとしてるのか知らないけど他にその栄養とらせる食品はないの?細かく砕いて「これなら食べれる~」てあほか!

 

それはまるで、職場で嫌いな人がいてもうまくやり過ごせといわれてるよう。いじめられててもジッと我慢しろ。。。みたいな。極端かも知れないが、まじで選択肢が少ない、ってかない。

嫌いな人がいたら無理してつるめって言いますか?他に何千何万人って出会ったことのない人がいるのに、その嫌いな人と関わる理由はありますか?それなら好きな人、自分にないものを持っている尊敬できる人と長くいる方が良くないですか?

同じように、嫌いな食べ物は必ずある。無理やり食べる術を教えるんではなく、好きなものをより好きになり、より知ってもらう方がいいのではないか?
好き嫌いしてもいいから好きなものをたべるべき。ただし、その好きなものは美味しくて身体にいいものでなくてはいけないし、一つに固執しないでたくさん好きなものを見つけていくべき。
そうやっていくと、嫌いなものも好きな面が見えてくる、これを成長というのではないでしょうか。