明日で25歳。お酒との付き合い方を考えてみる

内輪なコミュニケーションを大事にする日本はきもいと思う!!

 

シードルの宣伝用の絵を描いたけど、どっちもどこかのラベルのぱくりだよ!お蔵入りだよ!あしだまなだよ!

ペイントソフトでかいてるけどそこそこ味のある絵が描けるんだなあって思いました。

さて、

「仕事の帰りにコミュニケーションとしてお酒を飲む」機会が一般的にお酒を消費するタイミングだとは思うが、この対策として企業内でのコミュニケ―ション促進のために飲み会の代金を支給したり強制する企業もある。

 

社内の関係を円滑にしようとするのかこのような企業の話はよく聞く。それに対して社員にとっては嫌いな上司とお酒なんか飲みたくはないし、できれば家に帰って缶ビールで野球観戦したいなんて人も多いだろう。無理やりコミュニケーションさせるような、仲間意識を植え付けるような会社は客観的に見てちょっと気持ち悪い。

また、会議をやるんじゃなくてアイデアを実行することに意味があるのであって、会議のための会議をやっている会社もおそらくこんな感じの変な仲間意識があるのかもしれない。顔をあわせて話さなきゃいけないみたいな。

しかし、仕事の中に仲間意識を芽生えさせるのになんの意味があるんだろう。やるなというわけではない。むしろ全く関係ない専門分野の知らない人たちと積極的に興味のないことを話す機会を重視すべきなんじゃないの?と思います。

 

大学時代は色んな人と飲む機会があった

私の大学時代の研究室ではいくつかのチームで研究を進めているのだが、私の他のあるチームでは某大学の付属病院の先生たち(日本のトップクラスである)と共同研究している。

そこの飲み会にたまたま参加させていただいたことがある。もちろん医療なんて全く興味ないし、お医者さんと話すことなんてあるんだろうか、とりあえずごはんをごちそうしてもらおうという貧乏学生の悪知恵で忍び込んだ感じはあった。

そこでは、医療の最先端で働くおばけみたいな人たちがいて(もちろん全員初対面)恐縮しながら、私の就活の相談(当時は就活で進路に悩んでいた)だったり、様々な話をした。

「絶対大手企業に入るのがいいよ」と当時の心境に合わないアドバイスも、大手に就職してのちに研究員になった人から聞くと言葉の重みは違っていた。

「好きなことやりなさい!ビール作りたいならドイツに行きなさい。行けない理由なんてないでしょ!」と年配のおじいちゃん先生(たぶんあの中で一番偉い)からもお説教いただいたのは記憶してる。確かにその通りだ。いけない理由なんてない。むしろ行ける理由を考えなきゃいけない。けど、今じゃないと思ったのは23歳の私だった。

さて、このとき感じたのは「色んな人がいるんだなあ。。。」というただそれだけだった。自分の目標の先にいるわけでもないので憧れとは違う、ただ茫然と交流していたのは新鮮で今でもよく覚えている。

(ちなみに、一人の先生が全員ぶんの何十万とういう飲み食い代の支払いをしてくれた時は、医者ってすげえなあと感じたww)

色んな人がいるんだなあ、でいいと思う

「色んな人がいるんだなあ」というのはかみ砕くと「自分とは違う人がこんなにいるんだなあ」ということだろう。線虫が大好きな研究員の女性もいたが、そういうことである。その人にはその人なりの夢中になれることがある。

自分が逆に理想とか夢を語って、いろんな人がいるんだなあと思ってもらえればそれでいい。それだけの個性があるということだ。

しかし、もしかしたら友人や同僚の前ではぺらぺら話して納得させられる理想とか夢とかは、先生たちの前では自信をもって話せないかもしれない。中途半端にしか行動に移せてないのならただの机上の空論であって夢ではない。けど、それを知れることが一歩かもしれない。

 

それって客観的に考えることなんだと思う。

 

なんというか、内側の自分を探そうと「自分探し」して悩んでいたのが主観的ならば、自分以外の誰か(もしくは何か)から自分の存在を知るのが客観的なのかも。

みうらじゅんさんは「ない仕事のつくりかた」でこう述べています。

「自分探し」をしても、何にもならないのです。そんなことをしてる暇があるのなら、徐々に自分のボンノウを消していき、「自分なくし」をするほうが大切です。自分をなくして初めて、何かが見つかるのです。

これは客観性のことだろうと思います。主観的な目線では何も生まれない。

お酒はいろんな関係性の中のエネルギーであってそれ以上でもそれ以下でもない

お酒の職にかかわる自分であるため、今一度お酒との付き合い方を考えてみた。同じような考え方とか目標の人と一緒に語ったりするのってなんだかなあって思ったのでした。むしろ矛盾や疑問があってもいい。そこにお酒があればいいのかなあって。

ところでベクトルって y=(a+b+c+d+……)x+A(x,y はベクトル。A,a,b,c,d,,,,は実数)であらわされる。

お酒ってこのaとかbに当たるんだろうと思います。

他人というベクトルとの関係性や交わりで方向(人生)は変わっていきます。

けどaとかbとかでは方向は変わりません。あくまで決定権はなくて、方向へのエネルギー。そうあるべきだとおもいます。

ちょっと何言ってるかわかりませんね。25歳頑張ります、何をwww

 

 

satoshi

Author: satoshi

日本のクラフトビールは素晴らしい。地産地消なんて言ってられない!

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